[side stories] 私の『ほんとうにあった怖い話』

この文章は、数年前に会社の社内報に寄稿を依頼されて書いたものです。コールセンター/コンタクトセンター業界にちなんだなにか面白いものを、ということで私の人生において最も怖かった話を書きました。社内報の記事だけでとどめておくにはちょっともったいない話なので、すこし一般向けに加筆訂正し(内容は100%事実です)こちらでも公開しようと思います。

1.はじめに

これは、約15年ほど前、私が20代前半のころ、とある都内のコールセンターで働いていたときに体験した事実に基づくストーリーです。あまりにも奇跡的でそして怖い話であるため、ぜひみなさんにも知っておいて欲しいと思い、筆をとりました。

2.発端

20代前半のころ、私は都内のコールセンターで、あるPCソフトのサポート窓口のリーダーとして働いていました。その窓口は、1日の入電数が 1万件ぐらい、しかし応答率は5%程度という非常につながりにくい窓口でした。繋がりにくい、というかつながることが奇跡。しかも、フリーダイヤルではないため、お客様には非常に不親切。応答できた電話のほとんどが、まず繋がらないことと、通話料金がかかることに対するお怒りからはじまる、というなかなかハードな窓口でした。

リーダーである私の仕事は、スタッフが対応しきれないハードな内容の対応が主でした。「社長を出せ」「金を返せ」「今すぐ直しに来い」「いま建物の前まで来た」など、どう対応すればよいかよくわからないことばかりでしたが、それでもスタッフの皆さんと手を取り合って、なんとか日々やり過ごしていたという状況でした。

そんなある日、いつものように、スタッフからこんなエスカレーション(=上役への相談)があったのです。

3.怪物

「リーダー、ものすごい怒っているお客さんなんですが、対応交代お願いしてもよいでしょうか?」
「いいよ、どんな感じ?」
「インストールしたら PC が起動しなくなったらしく、むちゃくちゃ怒ってるんです。なんかもう、『おんどりゃあ!』としか言ってくれないんです。」

そりゃあ強者だ、と思いながらも、5分以内に責任者より電話する、ということで何とか折り返し対応に持ち込んでもらいました。

4.邂逅

折り返し対応の前に、ユーザー登録を確認した私は、そこで信じられないものを目にすることになります。

(この名前は・・・、いや、まさか・・・)
(この住所は・・・、なんか見覚えがあるような・・・)
(この携帯電話番号は!!!)

その超弩級クレームのお客様は、なんと、私の実の父親だったのです。

当時私の父親は地元で会社を経営しており、その会社で件のソフトを購入し利用していたようなのです。一気に吹き出る冷や汗。どんどん体温が低下していくのがわかり、頭の中をいろいろな感情が駆け巡り、眩暈がしました。騒々しいはずのコールセンターの中で、周りの声が遠ざかっていきます。

(なんでよりによって俺が働いているコールセンターに親父が電話してくるんだ!?)
(なんで奇跡的な接続率をかいくぐって電話がつながってしまうんだ!?)

5.思い出

このお話の本当の怖さを理解していただくには、私が父親をどれだけ恐れていたかを知っておいてもらう必要があります。

私の父親は、私が小さいころ、菅原文太さん等に影響を受けすぎてしまったと思われ、パンチパーマにダブルのスーツ、カタギなのになぜか武闘派、なにか曲がったことがあるととことん戦いを挑む、という子供にとってはかなりきついキャラクターでした。私はとにかく父親が恐ろしく、恥ずかしいので友達に紹介できない、という悩みを抱えていました。

とにかく、絶対に敵に回してはいけない人物なのです。

ただ、私も大人になり、働き出してからは父親の大変さもなんとなく分かり、和解が進んでいたと思っていたのですが、これはそんな矢先の出来事だったのです。

6.一時回避

数秒の眩暈と走馬灯のあと、意識を取り戻した私は携帯を握りしめセンターを飛び出しました。スタッフの皆さんには気付かれないようにこっそりと。ビルの外で私は父親に電話をかけたのです。

※以下、方言で記します。

「もしもし」
「あ、お父さん?あの、さっきパソコンのソフトのことで電話かけんかった?」
「おー、かけたけどなんでお前が知っとるんなら?」
「いやあ・・、あそこな、俺が働いとるところなんよ。」
「ほー」
「で、パソコン動かなくなったのは後で俺が何とかするけん、一旦なかったことにしてくれん?」
「ああ、ええけど早ようしてくれよ」

7.英雄

センターにコソコソ戻った私は、こんな風にニセの対応履歴を記録しました。

・インストール後、PC が起動しない状況。
・セーフモードで起動し、アンインストールを実施。
・常駐ソフトを停止した状態で、再度インストールを実施し正常に起動することを確認。
クローズ。

ほっとしてぐったりしていたところ、対応履歴をみたスタッフが駆け寄ってきました。

「あのお客さんクローズしたんですか?マジで!?秒殺じゃないですか!」
「ああ、うん、なんとかなった。」
「スゲエ!マジすげえよ!みんな!マジすげえぞ!」

『リーダーが超ド級のクレーマーを秒殺した』という噂は瞬く間にセンター中に伝わり、私は一躍、“英雄”としてセンターに名を轟かせることになりました。非常に複雑な気持ちでしたが、恥ずかしくてしばらく本当のことは言えませんでした。(数日後、耐え切れず告白しました。)

8.おわりに

これが、私が体験した本当にあったコールセンターの怖い話です。同じ体験(実の親から超弩級のクレームを受ける)をした方は、コールセンター業界広しといえど、おそらくいないのではないでしょうか。
思い返してみれば、親父のおかげで一気に会社での株が上がったという、名作童話『泣いたあかおに』のようなお話しでした。

お仕事に疲れた時など、ふと思い出して微笑んでいただければ幸いです。

(了)

 

makito

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